2026年05月06日

5・31講演会:化石資本主義が燃やす地球でいかに闘うか(箱田徹さん)

20260531.jpg

ATTAC Japan(首都圏)講演会(5・31)
化石資本主義が燃やす地球でいかに闘うか

おはなし:箱田徹さん(神戸大学大学院国際文化学研究科)

日 時:2026年531日(日)14時半〜17時(14時から受付開始)
場 所:文京シビックセンター 5階会議室C
参加費:500円(会員は無料)※申し込みは不要です
主 催:ATTAC Japan(首都圏)https://attaction.seesaa.net/
連 絡:attac-jp@jca.apc.org

年頭のアメリカ・トランプ政権によるベネズエラ・ボリバル共和国への侵攻とマドゥロ大統領夫妻の拉致、2月末からはイスラエル・ネタニヤフ政権とともにイラン・イスラム共和国のハメネイ大統領ら政権中枢への爆殺とホルムズ海峡の封鎖など、石油をはじめとする化石燃料が支える現代の「化石資本主義」の暴虐は世界を奈落に追い詰めています。そしてパレスチナでもイスラエルによる占領やジェノサイドが続いています。

スウェーデンの気鋭の政治学者アンドレアス・マルムは、化石資本主義がパレスチナでのジェノサイドという人道的な局面だけではなく、気候の局面においてもカタストロフィ(大惨事)をもたらしてきたと警鐘を鳴らしています。近著『パレスチナを破壊することは、地球を破壊することである』(青土社,2025)でも、古くは1840年から始まる、「化石帝国」化した英国によるイスラム世界への支配の拡大とそれに対する抵抗を描いています。

反撃はいつはじまるのか?──マルムは全世界的に注目された著書『パイプライン爆破法 燃える地球でいかに闘うか』(月曜社,2021年)のなかで、気候破局と闘うユートピア小説『未来省』(キム・スタンリー・ロビンスン著)に登場するレジスタンス組織「カーリーの童子たち」を紹介しながら、そう問いかけます。

今年のattac総会の講演会では『パレスチナを破壊することは、地球を破壊することである』と『パイプライン爆破法 燃える地球でいかに闘うか』の訳者で、同書でも取り上げられた、気候破局と化石資源採掘に抵抗するドイツの運動体〈エンデ・ゲレンデ〉をはじめ、近年のヨーロッパのラディカルな気候運動に関心を寄せてきた箱田徹さんをお招きし、気候運動や社会運動が抱える課題について議論したいと思います。

「強い経済」を打ち出だす高市自民党政権は、気候破局を促進してきた化石燃料などエネルギー浪費の資本主義を〈ビジネス・アズ・ユージュアル/これまで通りのやり方〉として維持するいっぽう、国家情報会議の設置、武器輸出解禁、憲法9条改憲など〈キャピタロセン/資本新世〉の特徴である軍事経済へのシフトを進めています。

反撃はいつはじまるのか?──「革命」や「共和国」と銘打たれたベネズエラやイランにおいても、化石燃料を元手とする強権政治による支配がつづくなか、「女性・生命・自由」のスローガンに象徴される民衆の抵抗運動は絶えることなく続いてきました。〈世界のあり方/システム〉を変える運動を展望する議論を日本でも始めよう。

パレスチナを破壊することは、地球を破壊することである
https://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=4048

パイプライン爆破法――燃える地球でいかに闘うか
https://getsuyosha.jp/product/978-4-86503-125-6/
posted by attaction at 08:13 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

箱田徹『パレスチナを破壊することは、地球を破壊することである』(アンドレアス・マルム著)訳者あとがきより抜粋

20260531_002.jpg


箱田徹『パレスチナを破壊することは、地球を破壊することである』(アンドレアス・マルム著)訳者あとがきより抜粋

=============

パレスチナと地球を破壊するものを破壊しなければならない−−−これが本書の著者アンドレアス・マルムの基本的なメッセージだ・・・この二つを結びつけるのは、ある人たちにとっては、北アメリカ先住民主体の「環境正義」運動の概念化に始まる「正義」だ。他方でマルムにとっては、化石資本主義、植民地主義、帝国主義である。

もちろん、パレスチナと気候という二つの課題にはいくつもの節合の仕方がある。今日におけるエコロジーを、人間と人間以外の生命体、そして自然環境全ての保全を追求する思想あるいは運動として定義するならば、パレスチナの破壊において進行するエコサイドとジェノサイドを止めることは、二つにして一つのの課題となる。

10・7以降の事態が深刻化し、ガザにおけるジェノサイドが苛烈を極めるなかで、ますます多くの人々や運動が、気候とパレスチナという二つの課題を結びつけるようになっている。こうしたインターセクショナルな二つの運動の交錯は、2010年代後半からの国際的な気候運動の文脈、つまりビジネス・アズ・ユージュアルを止めようとしない勢力に対抗して力をつけてきた、非白人、先住民、フェミニスト、クィア、障がい者、グローバルサウスの動きからも説明できるだろう。

マルムは10代でヨルダン川西岸地区を初めて訪れた後、2001年に創設されたパレスチナ連帯の非暴力抵抗運動である国際連帯運動(ISM)のスウェーデン支部の活動に積極的に関与した。マルムはこの20年ほど現地を訪れていないそうだが、その後もパレスチナへの関心が弱まることはなかった。気候においても、パレスチナにおいても事態が想像を絶するような深刻さに陥るにもかかわらず、マルムのテキストに前向きさを感じられるのは、マルムがパレスチナ抵抗運動から決して諦めないことの意味を学んだからでもあるだろう。

気候闘争において対人暴力を回避し、温室効果ガスを排出する設備やシステムへのサボタージュを擁護することが『パイプライン爆破法』のライトモチーフだったのに対し、本書におけるマルムは、パレスチナ抵抗運動の歴史的コンテクストを明らかにする一方で、それを世界大の植民地解放闘争の文脈に普遍化することで、武装闘争という選択肢の不可避性を主張する。

マルムによれば、パレスチナ問題の始まりは、1948年のナクバ、つまり先住パレスチナ人に対するシオニストの組織的な軍事攻勢と殺害、土地の簒奪によるイスラエル国家の建国でも、1917年のバルフォア宣言でもない。今から遡ること185年前、1840年のイギリス海軍によるアッカー〔パレスチナ沿海部の港湾都市〕攻略戦こそが、帝国主義列強によるパレスチナ植民地化の端緒なのだと論じる。

マルムがこの出来事にこだわったのは、パレスチナの民族主義とレジスタンス、つまり民族自決と民族解放を求める動きを広い視野から捉えた上で、20世紀前半から現在に至るパレスチナ解放闘争の長期的な歴史の中に、また脱植民地主義と反資本主義運動の世界史的な展開の中に、2023年10月7日以降の情勢を捉えるべきだと考えてのことだ。

10・7以降も政治の舞台の中心にあるイスラーム抵抗運動、つまりハマースについて、本書は植民地解放闘争における政治的アクターとしてフラットに評価すべきだと説いており、その材料や文献情報も駆け足気味だが提供している。またマルムの支持の対象はハマースという一組織ではなく、あくまでレジスタンスというパレスチナの抵抗運動の総体だ。

別な言い方をすれば、1987年に始まった第一次インティファーダ―(ハマス結成の契機にもなった)、オスロ合意(1993年)、第二次インティファーダ―(2000-05年)、パレスチナ議会選挙でのハマースの予想外の勝利(2006年)、ガザと西岸の「分裂」とハマースによるガザ当地の開始(2007年)、帰還の大行進(2018-19年)、イスラエル軍のガザ撤退と入植地撤去(2005年)から現在まで続くイスラエルの封鎖がもたらしてきたガザの「強制収容所化」と反開発、また定期的に行われてきたガザへのイスラエル軍の軍事攻勢といった一連の流れのなかで、ハマースが植民地解放闘争としてのパレスチナ抵抗運動内部で台頭し、政治的にも洗練されてきたこれまでの経緯を理解することが、過去40年のパレスチナ情勢を理解するにあたって欠かせないと述べるのである。

とりわけ10・7以降に見られる「しかし、ハマースが…」式の左派リベラルを覆う議論の壁を突き抜けるには、パレスチナのレジスタンスを、植民地解放闘争の世界史と現在進行形の様々な闘争の文脈と交差させ、その固有性と普遍性において捉えるためには、一定の立場表明が欠かせないというマルムの研究者としての矜持がここには読み取られてしかるべきだ。

武装闘争を行っているという理由だけで、支配に抗する人びとの抵抗の正当性を否定するような行儀の良い議論をしていては物事の本質に迫りようもないのである。

ベトナム反戦運動は、南ベトナムからの米軍撤退による戦争終結を訴えたのであり、解放戦線側に武装闘争の放棄など求めてはいなかった。こうした選択を現代のパレスチナとイスラエルに当てはめることがどうして難しいのか、なにがそれをためらわせているのか、本書は私たちにそう真正面から問いかけているのである。
posted by attaction at 08:10 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

箱田徹『パイプライン爆破法』(アンドレアス・マルム著)あとがきより抜粋

20260531_001.jpg


箱田徹『パイプライン爆破法』(アンドレアス・マルム著)訳者あとがきより抜粋

一刻も早く温室効果ガスの排出を劇的に抑制し、1.5度目標を達成するとともに、さまざまな取り組みによって、この「燃える地球」冷やしていくしかない。だが、それはどのようにして実現するのか?アンドレアス・マルムの立場ははっきりしている。国際的な連帯を通じ、化石燃料体制を支える資本と極右=ファシズム勢力と戦い、世界的な階級的不平等を正し、化石燃料の採取から燃焼までのプロセスに実力で介入すること、それを通じて化石燃料から再生可能エネルギーへの移行を実現することである。

本書で言及されているようなサボタージュの闘い、ビジネス・アズ・ユージュアル(これまで通りのやり方)を支えるインフラや資本財を毀損する闘い、創意あふれる実力闘争は、日本にも世界各地にも無数の例がある。しかし問題は、そうした内外の蓄積が今日の議論のなかでは急速に忘却させられていること、あるいはわれわれの今日的あり方と、世界各地の過去や現在の事例と結びつける想像力とが細っていることにあるように思われる。

マルムは本書で、英国から南北アメリカ大陸、アジアとアフリカ、中近東など古今東西の例に言及して、はたして「非暴力」で「穏健な」闘争だけが社会を変えたことなどあったのかと問う。さらに戦闘的な取り組みがあるからこそ、穏健な主流派の掲げる、しかし実際には穏健とは限らない要求が実現するというラディカル派効果論を参照し、たたみかけるようにして議論を展開する。

ここにあるのは、社会運動を「内側から」考えるとはどういうことなのかという、伝統的な用語法で言えば、理論と実践に関わる問いだ。そしてこの問いが左翼アカデミズムの言葉遊びやラディカルさの競い合いから出たものではなく、現実の実力闘争に学ぶなかから出ているものであることは強調しておきたい。
posted by attaction at 08:01 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年03月26日

IN・JIYAN・AZADÎ!女性・生命・自由!/No War!たたかい続けるイランを知る連続学習会

20260326jinjianazadi.jpg

JIN・JIYAN・AZADÎ!
女性・生命・自由!
No War!
たたかい続けるイランを知る連続学習会


第1回:二つの「革命」が交錯するイラン(4月5日)

現在のイラン・イスラム政権は、1979年のイラン革命によって誕生した。以来、彼らは「イスラム革命」の「成果」を死守するために飽くなき闘争を続けてきた。対外的には革命の輸出を目論んでイラクと戦火を交え、レバノン、イエメン、パレスチナにおける親イラン武装組織を支援し続けてきた。対内的には「イスラム革命防衛隊」を主軸に据え、あらゆる民衆の抵抗を徹底的に弾圧し、女性や少数派を抑圧し続けてきた。

その一方で、この「革命的」イスラム政権に対するイラン人民の抵抗もまた、1979年から今日まで一度たりとも潰えたことはない。2003年の学生運動、2009年「緑の革命」、2017年の全国規模の抗議、2019年「血の11月」、2020年から続く労働者や教師によるストライキ、2022年「女性・生命・自由」運動――そして、2025年末に勃発した全国的な大規模抗争に至るまで。数えきれない犠牲を払いながらも、無数の人々がなお、不屈の精神で立ち上がり続けてきた。直近の抵抗運動の犠牲者は3万人を超えたともいわれている。

今回の学習会では、昨年12月27日から始まったイラン各地の街頭で、一体何が起きていたのかを振り返る。attacメンバーからの問題提起を受けみんなで討論する。当時の生々しい現場映像を通じ、この「戦争の前夜という名の戦争」を、共に追体験してほしい。

日時:2026年4月5日(日)14:00〜17:00
会場:四谷地域センター 集会室四(11階)
交通:メトロ「新宿御苑前」駅
会費:500円(申し込み不要)
主催:ATTAC Japan(首都圏)
posted by attaction at 11:20 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年01月26日

イラン【生命!尊厳!自由!】

Feminists for Jinaのinstagramで紹介されていた1月18日にベルリンで行われたイラン民衆に連帯するデモでのスピーチ映像に日本語字幕を付けたものを会員の方方から提供してもらい、attac首都圏のブログにアップロードしました。ぜひご覧ください。



Feminists for Jinaのサイトには原文テキストも紹介されています。

以下、日本語訳です。

【生命!尊厳!自由!】

イラン人として語ることは、
耐えがたいほど困難になっています。
まるで、
誰かが常に私たちの代わりに
語っているかのようです。

私たちが語ることを許されるのは
それはただ、
彼らがすでに信じていることを確認するための
質問に答えるためだけです。

彼らは聞きます。

「アメリカやイスラエルの助けを望んでいるのか?」
「死者数は本当に一万二千人なのか?」

しかし――
私たちを支配するファシスト政権が
世界最多の死刑執行国家となったとき、
誰一人、私たちに問いかけはしませんでした。

12日間の戦争で
体制の力のイメージが崩れたあと、
百万人以上のアフガン人の隣人が

数週間で
タリバンの地獄へと強制送還されたときも、
誰も問いはしませんでした。

パンデミックのとき、
数万人規模の「不遇の死」が
私たちに押し付けられたときも、
誰も問いはしませんでした。

私たちの水が汚染され、
空気が汚され、
森が破壊され、

社会全体に
緩慢な死が設計されたときも、
誰も問いはしませんでした。

人々が貧しさに追いやられ、
イスラーム主義のオリガルヒたちが
さらに豊かになったときも、
誰も問いはしませんでした。

ほぼ五十年にわたり、
蜂起のたびに、
私たちの愛する人々が
処刑され、
投獄され、

銃で撃たれ、
亡骸が行方不明になり、
あるいは遺族が金を支払わないと
亡骸を引き取れなかったときも、
誰も問いはしませんでした。

レイプと殺人が
安く、簡単に行われるようになったときも、
誰も問いはしませんでした。

なぜなら、
私たちは、
私たちの命は
西側諸国や西側の観客にとって
意味を持つときにしか、
重要と見なされないからです。

(イラン人民の蜂起に連帯せよ
正義の力を結集せよ
イスラム共和国の暴政を打ち倒せ)

今日、
それがはっきりと見えました。

帝国は、
イラン支配層の内部で
剣闘士の戦争を演出しました。

一方は西に傾き、
もう一方は東に傾く。

どちらに投資する価値があるのか。
どちらがより安く支配できるのか。
どちらが――
国外では弱く、
国内ではより残虐でいられるのか。

この戦争と取り引きの繰り返しが、
私たちの人生の何十年もを
形作ってきました。

孤立という幕の裏で、
ファシスト政権は
私たちを殺し、
私たちを略奪する。

重要なのは、
ただ利益だけなのです。

最も残酷なのは何でしょうか。

西側にいる
帝国の擁護者も、
帝国の批判者も、
私たち――
西アジアの人々に、

地域内での
剣闘士の戦いを期待していることです。

そして彼らは、
比較的安全な家や街から、
それを観戦するのです。

そして情熱的に議論します。
「どちらがより同情に値するのか」
「これが本当のテロだ」
「あれが本当の抵抗だ」と。

私たちは、
ジェノサイドに直面する
他の人々と
向かい合う位置に立たされます。

その殺害者や、それを
遠くから支える者たちが、
道徳的な正当性を
得るために。


ガザで二年以上、
ライブ配信される
ジェノサイドが続いたあと、
ファシズムは
世界中で常態化しました。

中東の身体は、
その原料になりました。

そして今、
この地域で生きたこともなく、
百年以上続く
支配と搾取への闘いを

学ぼうともしなかった人々が、
私たちの命に
値段をつけているのです。

私たちフェミニストの答えは、
その先へ進むことです。

シンボルだけの世界を超えて。
アイデンティティを超えて。
命の値段を超えて。

私たちは、
身体へと立ち返ります。

働く身体。
産む身体。
殺される身体。

私たちはフェミニストとして、
世代を超えて傷を抱えながら、
それでも夢を見続けてきました。

グローバル・サウスの人々の連帯を。
とりわけ、
いわゆる「中東」の人々の連帯を。

権利のために。
平等のために。
自由のために。

3年前、
「女性・生命・自由」という
私たちの叫びは、
届く限りの場所へ
響き渡りました。

それは、
あらゆるファシストを
震え上がらせました。
世俗であれ、
宗教的であれ、
イラン人であれ、
そうでなくても。

彼らは急いで
それを打ち消そうとしました。
歪めようとしました。

家父長的で、
人種差別的で、
資本主義的な力の中から
選ぶ以外に、
解放の地平を
残さないために。

今日、
私たちの身体に
充満しているのは、怒りです。

妥協のない怒り。

私たちの代わりに語りながら、
被抑圧者同士の本当のつながりを
築こうとしない、すべての者への怒り。

アフガニスタンから
クルディスタンへ
イラクへ
シリアへ
レバノンへ
パレスチナへ
スーダンへ。

私たちは、現状を維持するだけの
空虚な平和主義を説きません。

イランの人々を含む、
すべての被抑圧者の
抵抗する権利を認めます。

そして、
特定の集団にしか
奉仕しない基準で、
彼らを裁くことを拒否します。

私たちは生命を要求します。
私たちは尊厳を要求します。
私たちは自由を要求します。

女性、生命、自由
(女性、生命、自由)

Jin , Jiyan, Azadî
女性、生命、自由
posted by attaction at 13:20 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年01月14日

イラン:立ち上がる民衆の声になろう〜ネットの監視と遮断に抗して戦いは続く



(attac另類中国研究会のメンバーから、ハメネイ独裁体制に抵抗してたたかうイラン民衆へのメッセージが届きました。以下転載します)

文:無花果

イランでは昨年12月28日から、独裁体制に反対し、ハメネイ政権の退陣を求める抗議デモが全国各地で発生している。現在、抗議行動はすでに3週目に入っているが、人々はいまだ歩みを止めていない。

一方で、独裁者ハメネイ率いる政府は、街頭でデモ参加者に向けて発砲し、負傷者を救護していた病院にまで軍を派遣して攻撃を行っている。完全な統計ではないものの、暴政の警察によって直接殺害された勇敢な抗議者は500人から2000人にのぼり、逮捕者は数万人を超えているとされる。さらに独裁政権は全国のインターネットを遮断し、イラン国内の人々はほぼあらゆる通信手段を奪われ、国際電話による外部への支援要請も不可能な状況に置かれている。国内の電話通信ですら、極めて不安定な状態だ。

もともとイランのインターネットは検閲と監視に満ちており、人々はVPNなどの回避手段を使って外界とつながってきた。しかし今、それさえ完全に断ち切られている。それでもなお、人々は抗議の声を止めていない。暗闇の中で携帯電話の画面を灯し、「暴政は必ず滅びる!ハメネイは必ず滅びる!」と叫び続けている。

1979年のイラン革命で、腐敗し国民を厳しく監視していた王制を追い払って以降、イランの人々が暴政に立ち向かったのはこれが初めてではない。

2022年には、ヒジャブの下からわずかに髪が見えたという理由で道徳警察に暴行され死亡したマフサ・アミニのために人々が立ち上がり、「女性・生命・自由」を叫んだ。

2019年には、経済的困難とハメネイ政権への不満から全国規模の抗議運動が起こり、その際も今回と同様、独裁政府は全国のネットワークを遮断し、街頭でデモ参加者を射殺した。

同じことは2017年の全国抗議でも起きている。

さらにその前、2009年の「緑の運動」では、不正選挙に抗議し、民主と自由を求めて人々が街頭に立った。彼らは独裁政府による通信遮断に直面しながらも、当時まだ新しかったソーシャルメディアを使い、自らの声を世界へと届けた。

イランの独裁政権は、封鎖、暴力、統制を何度も繰り返し、支配と破壊を段階的にエスカレートさせてきた。それでもイランの人々は屈しなかった。そして今、再び立ち上がっている。

中国で生まれ育った私にとって、中央集権的な政府によるインターネット監視と統制は、常に強い関心の対象である。このような厳しい統制のもとで、イランの人々の抵抗を見るたびに、私は心からの敬意を抱く。中国もまた、高度に管理された警察国家であり、ネットの自由はなく、父権的な伝統が深く根付いている場所だ。反抗者に対する政府のレッテル貼りでさえ、驚くほど似通っている。「彼らはすべてアメリカ帝国に育てられた海外勢力だ」「西側に魂を売った者は売国奴だ」などと。

中国は、アメリカ発のファイアウォール技術を徹底的に発展させ、国家全体を一つの巨大なローカルネットワークにしてしまった国である。私たちはGFW(中国インターネット・ファイアウォール)を作り出し、14億人以上の人々を世界のインターネットから切り離した。国内ではそれを皮肉って「互不联网(互いに接続されていない)」と呼ぶこともある。中国には、世界で最大な顔認識監視カメラメーカーが存在し、最も多くの監視カメラが設置され、最先端の顔認識技術、最も洗練された顔認識AI環境、そして最も強力な通信トラフィック監視装置がある。それらはイランやミャンマーなど周辺国へも輸出され続けている。そこには、通信遮断や国内すべての通信への干渉技術も含まれているはずだ。

その意味で私は、これら周辺国で反抗者に対して行われている封鎖と統制は「予行演習」なのではないかと、常に感じてきた。いつか必ず、それは中国国内でも起こるだろうと。もしその日が来たならば。

だから私にとって、イランの人々の抵抗は、単なる「暴政への連帯」ではない。そこには、さらに一歩踏み込んだ意味がある。私は常に「今日のイランは、明日の中国かもしれない」という思いで、イランの人々の闘いを見つめてきた。

海外にいるイラン人、そして国内のイランの人々は、必死にソーシャルメディアを通じて現地の状況を発信し、こう叫んでいる。
「私たちはもう、自分たちで声を上げることができない。どうか、私たちの声になってほしい」と。

――はい、私はあなたたちの声を聞いている。

そして今、私もあなたたちの声になりたい。

どうか、イランの人々の声になってほしい。
posted by attaction at 14:23 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

東アジアの視点:中国の軍縮も必要

20250903dayuebing.jpg

2025年11月末に、高市首相の「存続危機事態」発言に対する東アジアの仲間たちの共同声明を出しましたが、それに対して震旦さんという方からの意見が《無國界社運》のブログに掲載されました。中国政府の軍事挑発に対しても厳しい批判をすべきだ、というまっとうなものです。国境を越えた反戦平和運動は中国の軍拡に沈黙するべきではないですし、中国でも民衆による反戦運動が必要だと思います。中国国内における軍拡反対の声が黒潮に乗ってフィリピン、台湾、琉球弧から朝鮮半島や日本までつながるといいですね。なお、ペンネームの「震旦」は古代インドから伝わった言葉で、中国を指します。インドを「天竺」と言ったのと同じ類(い)

中国も日本を挑発しているのでは?

震旦

(編集部より:読者からの意見を本人の了解のうえで掲載します。貴重なご意見に感謝し、百家争鳴を歓迎します)

一昨日、貴サイトで公表された日本の首相・高市早苗の発言を批判する声明を拝読しましたが、いくつか議論の余地がある点があると考えました。

この声明は、中国と日米同盟の支配階級が、地域情勢の緊張激化、軍拡競争、排外主義の扇動、そして東アジア人民に対する抑圧と搾取について、同等の責任を負っていることを正しく指摘しています。しかし、文末で提示された6つの要求の中では、中国に対する要求にいくつか欠けている点があると思いました。

12月に行われた日本の世論調査によれば、高市内閣の支持率は65%を超えており、18〜29歳の若者層では92%にも達しています。これは、「台湾有事は日本有事である」という言説が、日本社会で大規模な反感を引き起こしていないことを示しています。

私が考えるに、このような状況が生まれている大きな理由の一つは、中国が日本に対しても継続的に軍事力による威嚇を行い、それを日本の支配階級が利用している点にあるからではないでしょうか。

2021年10月には、中ロ海軍の艦艇10隻からなる合同艦隊が津軽海峡を通過し、日本列島を一周しました。この種の行動は、2019年以降すでに常態化しています。

2022年8月には、中国が台湾を標的とした軍事演習を行った際、発射されたミサイルが沖縄近海の日本の排他的経済水域に落下しました。

2025年には、中国海軍の小規模な艦隊が、7月24日に対馬海峡を、8月8日に宗谷海峡を通過し、日本列島を一周しています。

以上はほんの一部の例にすぎません。さらに中文圏のインターネットでは、「日本を核で平定する(核平日本)」「核を招く男児(招核男児=「昭和男子」とかけている)」といった言説が至る所で見られ、厳しい言論検閲が行われている中国のネットプラットフォームにおいても禁止されていません。こうして煽られた反日憎悪は、これまでも結局は中国国内における日本人への殺害事件へと発展しました。

もちろん、現在の日本の軍事力はすでに台湾を大きく上回っていますし、中国が日本に侵攻することは現実的ではありません。艦船による海上封鎖や核攻撃という威嚇も、主としてプロパガンダを目的にしています。しかし、それでもなお、これらの主張は日本の支配階級に軍備拡張を続ける口実を与え、国民に危機意識を植え付ける効果を実際にもたらしています。

したがって私は、左派は「沖縄における日米軍事基地の拡張計画を停止せよ」と要求するだけでなく、中国に対しても「沖縄および日本の他地域に接近する軍艦・軍用機の派遣という挑発行為を停止せよ」と求めるべきだと思っています。また、「中国政府は台湾住民の自決権を無視した武力による威嚇をやめよ」と要求するだけでなく、「日本やフィリピンに対する軍事力による威嚇も停止せよ」と求めるべきです。そして、「各国・地域の政府は移民に対する排外的政策を撤廃せよ」と訴えるだけでなく、「排外主義を煽る民族主義的プロパガンダを停止せよ」とも要求すべきだと思います。

(以上)
posted by attaction at 12:04 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

東アジアの共同声明:高市発言撤回!戦争も搾取も差別も気候危機もない東アジアをつくろう

nowarbutclasswar.jpg


※以下の声明にはattac另類(リンレイ)中国研究会のメンバーも賛同しています。中文はこちらのサイトに掲載されています。またこの声明を読んだ中国読者から、中国による日本への軍事的拡張にハッキリ反対する必要がある、という意見が届いています。別記事で紹介しておきます。以下、長文なので小見出しはこちらで入れました。(い)

高市発言撤回! 戦争も搾取も差別も気候危機もない東アジアをつくろう

戦争も搾取も差別も気候危機もない世界を目指す東アジア各地(日本、沖縄、台湾、中国、香港)及び米国のアクティビスト

2025年11月30日


2025年11月7日の日本の首相、高市早苗の国会での答弁をめぐる各国支配階級の対立が、東アジア大衆の平和と団結を揺るがしています。

高市氏は答弁で、中国が台湾を武力攻撃するために海峡を封鎖し、米軍が封鎖を突破しようとして武力紛争になった場合、安保法制の想定する「存続危機事態」となり、米軍とともに集団的自衛権を行使して、中国に対して武力攻撃が可能だという見解を示しました。

これに対して中華人民共和国はかつての中国や台湾に対する日本の侵略を非難しつつ、「台湾は中国の一部であり、日本政府の内政干渉を許さない」という政府あげての猛烈な批判を展開し、日本への旅行や日本からの水産物輸入の制限など、経済的な対抗措置にも乗り出しました。

米国は米中貿易戦争の「一時停戦」の局面にあり、今後ヘビーな交渉を控えることから、今回の高市発言に対する態度を明らかにせず、「台湾海峡の平和と安定の維持に関与し、一方的な現状変更に反対する」という従来通りの立場を維持しています。

中華民国(台湾)政府の与党・民進党は中国の外交包囲網を突破する一つとして高市氏の発言を支持し、野党・国民党は中国政府と歩調を合わせるかのように高市氏への批判を行っています。

◎軍拡を背景とした深刻な違憲発言

第二次大戦の敗戦国である日本は、戦後の憲法で、武力を保持せず、武力で国際紛争を解決しないことを誓いました。戦後の支配政党である自由民主党は、この憲法の改定をずっと目指してきました。米国は中国革命や朝鮮戦争を受けて日本の再武装を容認しましたが、日本、沖縄そしてアジア民衆の反戦平和の闘いが、自衛隊の海外派兵や集団的自衛権の行使を押しとどめてきました。

しかし国際情勢の変化を受けて、日米政府は1997年、2015年に「防衛協力のための指針」の範囲などを拡大する形で見直してきました。「尖閣」をめぐり大きな対立となった2010年、民主党政権時代に策定された「防衛大綱」で沖縄の離島への自衛隊配備が打ち出され、2012年末からの自民党・安倍政権においてそれが本格化し、2016年の与那国島、2019年の宮古島や奄美大島(鹿児島県)、2023年の石垣島に自衛隊駐屯地が開設して、台湾海峡をにらんだミサイル部隊が配備されました。

2022年8月のアメリカのペロシ下院議長の台湾訪問に対する中国人民解放軍の過剰な軍事演習は、今日までに常態化しています。2013年からの中国の一帯一路に対抗するかのように、生前の安倍晋三は「自由で開かれたインド太平洋戦略」を提唱しました。昨年9月には戦後初めて海上自衛隊の護衛艦が台湾海峡を通過して米、豪、フィリピン、ニュージーランドとの共同軍事訓練に参加、今年4月にもフィリピンと米国が主宰する多国間共同軍事演習バリカタン25に初めて150名の陸海空の実装部隊と護衛艦を伴って参加しています。

従来の首相答弁を超えた「台湾有事が集団的自衛権の範疇に含まれる可能性がある」という今回の高市発言は、こうした実際の動きのうえにおこなわれたものであり、それは東アジア情勢をさらに緊迫させることとになりました。この「集団的自衛権」の「集団」とは、日本や東アジアの民衆の集団の利益ではなく、日米支配集団の軍事同盟を指すものです。民衆の視点に立とうとするのであれば、緊迫した情勢を緩和することが最優先にされなければなりません。

◎大国利害の衝突と排外主義

中国政府と日米同盟は、超大国と二大強国の同盟であり、緊張緩和に最大の責任があります。しかし、いずれの側も同じ誤りを犯しています。アメリカのトランプ政権は二度にわたり、中国に対する貿易戦争の先制攻撃を仕掛け、中米関係の緊張を高めました。また日本国憲法の平和条項を顧みず、日本に軍拡を迫り続けてきた点においても、情勢の悪化に責任があります。

一方、中国政府が長年にわたり堅持してきた「中華民族」という考えは、全体主義的な専制的民族観であり、「人々の自発的かつ民主的な結合によって国家が形成される」という近代的価値に反しています。武力統一の恫喝は、民主的な自己決定権に反するだけでなく、中国本土の民衆が自由に議論して承認を与えたものでもありません。

各国の大国の支配層は、対立的雰囲気を軍備拡張の梃として利用するだけでなく、排外的な世論を煽り、自らの支持基盤を固めてようとしています。敵対する各国はまるで呼応し合うかのように対立を煽りながら軍拡競争や軍事演習を進めており、まるで共謀しているかのようにも見えます。

現在各国が陥っている競争による負のスパイラルは軍拡に限ったものではなく、「純粋な国民」あるいは「良い移民」を他のマイノリティの権利剥奪によって特権化することによって、越境しあるいは辺境に置かれた人々の声を無力化するものでもあります。移民や難民に対して打ち出されつつある各国政府の敵対的政策は、各地の権利状況の悪化を導き出すものであるとともに、既に多様な移民が生きる各国社会の健全な議論の土台を脅かすものです。

一般的に、出身国からも移住国からも脅かされる状態の移住者が独立した政治的意見を表明することは容易ではありません。移民への敵対政策と、これと対になる国家によるオンライン空間での発言の監視や越境弾圧。すべての国家がこの傾向を増しつつあります。

排除と管理、これらもまた世界規模の言論封殺に加担する国家間の共犯関係を強化するものです。私たち市民は、すべての場所から、人間が越境し、生存し、自由に発言することに関するすべての権利のために立ち向かい続ける必要があるでしょう。

小さな台湾は、大国や強国同盟のはざまで困難な状況に置かれ、支援を必要としています。日米軍事同盟は客観的には、台湾に息継ぎ的猶予をもたらす手助けになっているものの、根本的には信頼できる同盟者ではありえません。台湾は自らの尊厳を守らなければなりませんが、そうであるがゆえに、高市氏の違憲的答弁をそのまま支持することは適切でなく、またその必要もないでしょう。高市発言への支持は、平和を支持する日本国内の世論を獲得するうえで不利に働くだけだからです。

◎各国支配階級は労働者の血で国境線を引く

100年近く前に、日本軍国主義が中国への全面戦争の準備を画策し始めたとき、『蟹工船』などの著作で著名な文学者・小林多喜二(1903-1933)が日本軍国主義による拷問で犠牲になりました。そのとき中国の文豪・魯迅が送った追悼文「同志小林の死を聞いて」では次のように述べています。「日本と中国との大衆はもとよりきょうだいである。資産階級は大衆をだまして其の血で境界線を描いている」(大意)。今日の東アジアの支配階級もまさに、軍拡競争という共謀を大衆の血で描きつつあると言えます。

日米の軍事的包囲網は巨大な経済成長をベースにした中国の軍事大国化を抑え込むことが目的ですが、支配階級の共謀は軍事的なものにはとどまりません。

アメリカ、日本、台湾の支配層は、中国の改革開放以降、大量の資本を中国に投下し、中国の官僚支配体制と結びつきながら、農民工(出稼ぎ労働者)をはじめとする中国の労働者民衆と自然資源を過酷に搾取してきました。改革開放のなかで現れた官僚の汚職に対する労働者民衆の抗議の声と民主的改革への期待を1989年6月に天安門広場で押しつぶした中国共産党は、その後も労働者民衆の声を徹底して抑え込むことで、今日の金権・紅二代(官僚クローニー)資本主義の台頭につながりました。もし官僚腐敗への抗議や民主化が実現していれば、今日ほどの腐敗ぶりはなかったのではないでしょうか。「中国の台頭」は、中国の官僚体制と、アメリカ、日本、台湾の大資本との30年に及ぶ共謀の結果なのです。

中国では、グローバル資本主義への合流を梃にした破壊的な民営化によるリストラが進められ、無権利の農民工の使い捨てや搾取が今日の中国の発展を実現しました。中国経済が大きく飛躍することになった2001年のWTO加盟以降、汚染産業を含む工場など生産拠点の中国への移動によって、中国の温室効果ガス排出量は世界最大になりましたが、これもまた日米中台の支配階級による共謀の一例と言えます。

◎大国利害と民衆抑圧の戦後国際秩序を打ち破ろう

日米両政府は「力による現状変更は認めない」と言って中国による台湾への武力侵攻に釘を刺し、中国政府は「抗日戦争と世界反ファシズム戦争の勝利の成果を断固守り、戦後国際秩序を断固維持すべき」として高市発言を批判しています。

しかし、彼らの言う「現状」や「戦後国際秩序」とは何でしょうか。それは人間や自然をモノのように搾取する自由、より公正で民主的な社会を求める民衆を弾圧して維持されてきた秩序ではなかったでしょうか。沖縄では今でも米軍基地拡張が続いており、米兵による性暴力事件が続く現状があるのです。

そのような反民衆的な「現状」や「国際秩序」を、民衆の連帯によって打破しようとしてきたのは、台湾の民主化運動であり、沖縄の反戦平和運動であり、中国や香港の様々な抵抗運動であり、日本やアメリカや世界中の様々な社会運動だったのではないでしょうか。そのすべての地域において今こそ、新しい公正な国際秩序を打ち立てることが重要です。そのためには、資本と独裁が支配する現状を打破し、大国や家父長制が主導する秩序を打破する必要があります。そしてそのために、民衆の自己決定権をベースにした国境を越えた民衆の連帯が必要なのです。

◎東アジアの民衆は連帯しよう

私たちは以下のことを求めます。

・日本政府、高市早苗首相は集団的自衛権の発言を撤回し、沖縄における日米軍事基地の拡大を中止すること。

・日米両政府及び中国政府は大量破壊兵器や核兵器、軍備を率先して削減すること。

・中国政府は台湾民衆の自決権を無視した武力恫喝をやめ、台湾および他の少数民族の自決権を承認すること。

・香港政府はすべての政治犯を釈放し、真の普通選挙を実施し、大火災の真相を究明すること。そして市民の自発的な真相究明活動を妨害しないこと。今日における香港最大の敵は外国勢力などではなく、中国・香港の専制と搾取体制にあります。

・台湾政府には冷静な態度を保持し、台湾の民主的自決権を守るととともに、巨額の軍備予算を再考し、外交的な発言には慎重さと、国内政策においては民主的多元主義を守ることを求めます。

・各国/各地の政府は移民に対する排他的国内政策と近年の管理強化を撤廃し、人権と民主主義に立脚した多文化共生社会への本格的転換を行うこと。

戦争も搾取も差別も気候危機もない世界のために、東アジアの民衆は連帯しよう。

以上の声明は、戦争も搾取も差別も気候危機もない世界を目指す東アジア各地(日本、沖縄、台湾、中国、香港)及び米国のアクティビストによって発せられました。

2025年11月30日
posted by attaction at 11:02 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年03月31日

(5・11)attac首都圏2025年度総会&講演会

(5・11)attac首都圏2025年度総会&講演会

総会講演:香港を耕す〜デモの都で考えた農と自由
おはなし:安藤丈将さん(武蔵大学)


hongkong_cultivate.jpg

「デモの都」と呼ばれた香港は、2014年の普通選挙を求めた「雨傘運動」や2019年の逃亡犯条例改正反対デモに対する弾圧や国家安全維持法などで厳しい状況にある。1997年7月の香港返還前後から続く民主化運動やデモは大都会のど真ん中のイメージがあるが、少し郊外に足を延ばせば村落や農場などでの営みが続いてきた。資本主義中国との一体化が進むなか、郊外の村落にも開発の波が押し寄せる。「農」の営みを続けながら開発に抗う香港の人々と交流を続けてきた安藤丈将さんが昨年出版された『香港を耕す 農による自由と民主化運動』(岩波書店、2024年)をもとに、「香港」「農」「資本主義」「民主主義」「市民的不服従」「非暴力」などをキーワードにお話を伺います。みんなで東アジアの未来を耕そう。 

※12時〜13時半までは同じ会場でattac首都圏の総会を開催しています。

日 時:2025年511日(日)14時〜16時半(13:45開場)
場 所:文京シビックセンター 5階A会議室(地下鉄「後楽園」「春日」駅すぐ)
参加費:500円
主 催:ATTAC Japan(首都圏) http://attaction.seesaa.net/

※申込不要ですが36人部屋ですので、座席は会員と申込の方を優先させていただきます。
 連絡先:attac-jp@jca.apc.org
posted by attaction at 10:28 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年07月31日

attacフランス:パリ五輪〜フランスは弾圧の金メダリスト

20240726paris_olympics.jpg

パリ五輪:フランスは弾圧の金メダリスト(attacフランス)

attacフランス
2024年7月29日月曜日

原文

キャンペーン >; 弾圧と人種差別に反対し、市民の自由のために8月中旬まで続くオリンピックと8月末から始まるパラリンピックを祝うため、世界中から選手や観光客が7月末にパリに集まる一方で、政府はあらゆる形態の抗議活動に対する弾圧を強めており、ジャーナリストや活動家から表現の自由という正当な権利を奪っている。

2024年7月24日、パリオリンピック・パラリンピック競技大会は、組織委員会によれば「偉大な大衆の祭典」という野望のもとに始まった。 何カ月も前から、さまざまな団体がこのイベントの偽善性を暴露してきた。このイベントは、前例のない社会浄化の隠れ蓑として利用され、アルゴリズムに基づく監視の実験、自宅軟禁、パスなしでの特定区域への立ち入りの制限など、自由を損なう措置が導入されている。 この弾圧は先週から激化しており、その正当な目的は、このオリンピックの隠された顔を暴くことである抗議の声を封殺することであり、フランス政府が伝えたい寛容と包括性のイメージとは対照的である。 このイメージは開会式で特に強調され、フランスの反乱の過去と、市民的不服従の先駆者であるフェミニストの偉大な人物を全世界の前で称えた。

しかし、基本的自由に対する攻撃や、政府の公式シナリオと相反する意見の表明を阻止するための不釣り合いな警察権力の行使がない日はない。

7月23日には、数十人の活動家が地下鉄に「オリンピックは面白くない」というステッカーを貼ったことで拘束された。 7月24日、2024年5月1日に民間航空ビルに水性ペンキを塗って空飛ぶタクシーに反対する行動を起こした6人が身体検査を受け、60時間自由を奪われた。 7月26日には、12人が理由もなく警察に拘束された。 7月27日には、ジャーナリストたちが1時間にわたって検挙され、オリンピックの開催に反対する藁の束を使った行動の前だったにもかかわらず、警察当局はこれを 「妨害行為 」と陰湿に表現し、60人の活動家が身柄を拘束された。7月28日、セーヌ=サン=ドニでオリンピックによる被害の象徴的なツアーを取材しようとしたジャーナリストが10時間近く拘束された。

ここ数年、社会運動や環境保護運動を抑圧し、犯罪者にするために、特別法や反テロ法が使われてきた。 今日、私たちは、市民的不服従行為に対する予防拘禁やジャーナリストが警察に拘束されるなど、弾圧が加速しているのを目の当たりにしている。 この憂慮すべき傾向を止めなければならない。私たちはここに、社会的エコロジー的後退政策と、世界の目から見て自らを進歩的であると必死に見せようとする政府の基本的自由に対する攻撃を暴露する決意を再確認する。

Attacは、Extinction RebellionとSaccage2024への支持と、不当に自由を奪われた活動家とジャーナリストへの全面的な連帯を表明する。
私たちは、このような脅迫的な方法を直ちにやめることを要求する。
posted by attaction at 09:56 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする