2026年01月14日
イラン:立ち上がる民衆の声になろう〜ネットの監視と遮断に抗して戦いは続く
(attac另類中国研究会のメンバーから、ハメネイ独裁体制に抵抗してたたかうイラン民衆へのメッセージが届きました。以下転載します)
文:無花果
イランでは昨年12月28日から、独裁体制に反対し、ハメネイ政権の退陣を求める抗議デモが全国各地で発生している。現在、抗議行動はすでに3週目に入っているが、人々はいまだ歩みを止めていない。
一方で、独裁者ハメネイ率いる政府は、街頭でデモ参加者に向けて発砲し、負傷者を救護していた病院にまで軍を派遣して攻撃を行っている。完全な統計ではないものの、暴政の警察によって直接殺害された勇敢な抗議者は500人から2000人にのぼり、逮捕者は数万人を超えているとされる。さらに独裁政権は全国のインターネットを遮断し、イラン国内の人々はほぼあらゆる通信手段を奪われ、国際電話による外部への支援要請も不可能な状況に置かれている。国内の電話通信ですら、極めて不安定な状態だ。
もともとイランのインターネットは検閲と監視に満ちており、人々はVPNなどの回避手段を使って外界とつながってきた。しかし今、それさえ完全に断ち切られている。それでもなお、人々は抗議の声を止めていない。暗闇の中で携帯電話の画面を灯し、「暴政は必ず滅びる!ハメネイは必ず滅びる!」と叫び続けている。
1979年のイラン革命で、腐敗し国民を厳しく監視していた王制を追い払って以降、イランの人々が暴政に立ち向かったのはこれが初めてではない。
2022年には、ヒジャブの下からわずかに髪が見えたという理由で道徳警察に暴行され死亡したマフサ・アミニのために人々が立ち上がり、「女性・生命・自由」を叫んだ。
2019年には、経済的困難とハメネイ政権への不満から全国規模の抗議運動が起こり、その際も今回と同様、独裁政府は全国のネットワークを遮断し、街頭でデモ参加者を射殺した。
同じことは2017年の全国抗議でも起きている。
さらにその前、2009年の「緑の運動」では、不正選挙に抗議し、民主と自由を求めて人々が街頭に立った。彼らは独裁政府による通信遮断に直面しながらも、当時まだ新しかったソーシャルメディアを使い、自らの声を世界へと届けた。
イランの独裁政権は、封鎖、暴力、統制を何度も繰り返し、支配と破壊を段階的にエスカレートさせてきた。それでもイランの人々は屈しなかった。そして今、再び立ち上がっている。
中国で生まれ育った私にとって、中央集権的な政府によるインターネット監視と統制は、常に強い関心の対象である。このような厳しい統制のもとで、イランの人々の抵抗を見るたびに、私は心からの敬意を抱く。中国もまた、高度に管理された警察国家であり、ネットの自由はなく、父権的な伝統が深く根付いている場所だ。反抗者に対する政府のレッテル貼りでさえ、驚くほど似通っている。「彼らはすべてアメリカ帝国に育てられた海外勢力だ」「西側に魂を売った者は売国奴だ」などと。
中国は、アメリカ発のファイアウォール技術を徹底的に発展させ、国家全体を一つの巨大なローカルネットワークにしてしまった国である。私たちはGFW(中国インターネット・ファイアウォール)を作り出し、14億人以上の人々を世界のインターネットから切り離した。国内ではそれを皮肉って「互不联网(互いに接続されていない)」と呼ぶこともある。中国には、世界で最大な顔認識監視カメラメーカーが存在し、最も多くの監視カメラが設置され、最先端の顔認識技術、最も洗練された顔認識AI環境、そして最も強力な通信トラフィック監視装置がある。それらはイランやミャンマーなど周辺国へも輸出され続けている。そこには、通信遮断や国内すべての通信への干渉技術も含まれているはずだ。
その意味で私は、これら周辺国で反抗者に対して行われている封鎖と統制は「予行演習」なのではないかと、常に感じてきた。いつか必ず、それは中国国内でも起こるだろうと。もしその日が来たならば。
だから私にとって、イランの人々の抵抗は、単なる「暴政への連帯」ではない。そこには、さらに一歩踏み込んだ意味がある。私は常に「今日のイランは、明日の中国かもしれない」という思いで、イランの人々の闘いを見つめてきた。
海外にいるイラン人、そして国内のイランの人々は、必死にソーシャルメディアを通じて現地の状況を発信し、こう叫んでいる。
「私たちはもう、自分たちで声を上げることができない。どうか、私たちの声になってほしい」と。
――はい、私はあなたたちの声を聞いている。
そして今、私もあなたたちの声になりたい。
どうか、イランの人々の声になってほしい。

