2015年03月10日

気候変動 - 昨年12月のCOP20(ペルー・リマ)についての論評(1)

昨年12月にリマで開催されたCOP20は、注目度も低く、当初から「COP21(2015年パリ)での合意に向けた予備的な合意」という位置づけだったこともあり「成果らしいもの」も乏しかったようです。(参考:外務省の発表 )。COP20の概要と特徴、背景そして社会運動の側の取り組みと今年のパリでのCOPに向けた動きなどについて、いくつかのレポートを順次紹介します。


COP20リマ:地球灼熱化へのロードマップ

パブロ・ソロン


(「ハフィントンポスト」紙のブログ「ジェネレーション・チェンジ」、1月9日投稿)
Pablo Solon“From Bad to Worse: Lima's Roadmap for Global Burning”

昨年12月の国連気候変動会合[COP20]で採択された「気候に関する行動のためのリマ宣言」("Lima call for climate action")は、2020年以降に関する合意のためのロードマップを示しているが、それは[2010年(COP16)の]カンクン合意よりも弱められた内容であり、2015年のパリ[COP21]でもっとひどい合意に至るための基礎をつくった。

カンクン合意は京都議定書の解体に道を開き、義務的な排出削減目標に代えて自発的約束を前面に押し出した。このアプローチは失敗だった。カンクン合意から4年を経た今、2020年時点での二酸化炭素排出削減量に約12ギガ・トンの不足が明らかになっている。「今まで通りのやり方(business-as-usual)」のシナリオでは、2020年時点での地球上の二酸化炭素排出量は57ギガ・トンになる。カンクン合意では、この値が1-2ギガ・トン減るだけだが、国連環境計画(UNEP)の排出量ギャップ報告書によると、全地球的な気温上昇を2℃以内に抑制するためには2020年までに二酸化炭素排出量を44ギガトン以下にする必要がある。

2010年代における排出量ギャップはリマ会合では全く縮小されなかった。これは2020年代に「2℃以内」への道に近づくことを不可能にする。なぜなら、そのためには世界の排出量は2020年までにピークを越えていなければならないからである。しかも、中国は2030年までにようやく排出量のピークに到達するだろうと発表している。

リマ宣言のテキストは、[2015年の]パリ合意の結果が、排出量削減に関してはカンクン合意における自由放任的なやり方を基礎とすることをあらかじめ想定している。「約束(“Pledges”)」という語が、「目標とされる国ごとに決定される寄与("intended nationally-determined contributions")」に置き換えられ、各国はそれを2015年の3月までに、但し、準備できた場合にのみ、報告するよう求められる。しかもその基になる基準は各国の選択に任される。リマにおける決定は、目標の報告に関する「2トラック方式」(先進国と途上国で異なる方式を採用する)、緩和・適応・損失と損害・資金・技術移転・能力確立を含む対象範囲の明確化という途上国からの提案を露骨に排除している。

最終段階で「共通だが差異のある責任と、各国の異なる状況に照らしたそれぞれの能力」という文言が付け加えられたが、これは米中合意のコピペであり、リマにおける合意にいかなる具体的な影響も残していない。パリ合意は先進国と新興国の温室効果ガス排出に対する歴史的責任を一層希薄化させるだろう。

リマにおける決定は先進国に対して、途上国への「より強力な資金支援を提供および動員する」ことを促している。ここで「動員する」とは、資金支援に公的セクターからだけではなく、民間セクターや、炭素市場、融資からの支援を含めてもよいことを意味する。

あらゆる美辞麗句にもかかわらず、採択された決定には損失と損害についての何の言及もなく、適応、資金、技術移転、能力確立については一般的な言及があるだけである。

決定への追加として、パリ合意に組み込む要素のテキストが採択された。いくつかの国は自分たちの提案がリマの決定のテキストの中のオプションとして十分には取り入れられていないと考えている。その中の最良の提案も、実際には気候変動に取り組むために必要な目標から大きく遅れている。以下に10の例を挙げる。

1) 排出量削減への寄与は任意であり、2020年以降の時期の新しい排出量ギャップがわかるのは、排出量が多い国が自分たちの目標を提出した場合でも、2015年3月以降になる。パリ会合では主要な問題は取り上げられないだろう。つまり、排出量削減の規模と、それが地球全体の気温上昇を1.5-2℃に要請するという目標にどの程度適合しているかということである。このテキストは世界の二酸化炭素排出量を2025年までに40ギガトン以下に抑制する必要があることについて何も言っていない。最も先進的な提案は「グローバルな排出収支」について言及しているが、具体的な数値やタイムラインを示していない。

2) テキストには、既知の化石燃料の埋蔵量の75-80%はそのまま地中に残しておくという提案がないが、これは気温上昇を1.5-2℃に抑制するレベルまで二酸化酸素排出量を制限するためには不可欠である。

3) われわれの現在の生産と消費のパターンを変える必要について、何の言及もない。提案は国内での排出の削減に焦点を当てており、国が消費する排出量を取り上げていないが、実際には先進国で消費される製品やサービスに関連する排出の約3分の1は海外で起こっている。

4) 気候変動緩和のための約束の履行を確保するための強力なメカニズムについて何の提案もない。気候問題についての、強力な順守メカニズムがない合意は単なる政治的宣言に過ぎない。

5) 2010年のカンクンでは、「マザーアース(母なる大地)の権利」を認識するという提案があった。これは人間が自然との関係を変え、自然を対象として扱うのをやめるべきであるという認識を反映していた。今回のテキストでは、この提案は検討すらされていない。「マザーアースの全体性の保護」は一度だけ触れられており、人権は「開発の権利」と同列に置かれている。

6) 各国が「排出権」(炭素オフセット)を買うことによってではなく、本当に排出量削減の約束を守ることを確保するために、パリ合意には炭素市場メカニズムを含めるべきではないという提案はどこにもない。代わりにテキストは炭素市場や炭素価格設定の種々の方法に言及している。

7) 資金に関連して、もっともラディカルな提案は、先進国が2020年以降、毎年GDPの1%を提供するというものである(合計で年に約4500億ドル)。別の提案は、年に500-1000億ドルという数字を挙げており、さらに別の提案は単に「具体的な数値は掲げるべきでない」と述べている。資金の出所については、民間や「代替の財源」(炭素市場など)を通じて資金を「動員」する(「提供する」ではない)という傾向が顕著である。

8) 「要素」に関するテキストは、民間投資を促進するものであるが、気候災害から利益を得たり、それを利用しようとすることを回避するために民間投資への規制が必要であるという提案はどこにもない。

9) パリ合意の法的な扱いについては依然として論争中であるが、おそらく米国は批准することを迫られないだろう。

10) 最後に、どの提案もジオエンジニアリングを回避あるいは禁止しようとしていない。これは非常に危険である。なぜなら、化石燃料の埋蔵量の80%をそのまま地中に残しておく必要性に言及することなく「2050年までに排出量を差し引き0にする、あるいは脱炭素化を実現する」ことを提案することは、パリ会合でこのような技術に門戸を開くことになりかねないからである。

結論として、2010年代における排出量ギャップを埋めることなく、「自発的寄与」という枠組を継続し、次の10年間のための明確な目標がなく、強力な実施メカニズムがなく、詐欺的な炭素市場メカニズムを強化するような「合意」は、人間と地球上の生命の未来を重大な危機に陥れるものである。
 
 
タグ:気候変動 COP
posted by attaction at 13:14 | エコロジー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする