2013年01月24日

ドーハCOP18後の現実:「逆ユートピア」を拒否する

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ドーハCOP18後の現実:「逆ユートピア」を拒否する
(After Doha: rejecting dystopia by default)


私たちは、気候変動に対する政府の無策によってもたらされた恐怖と不安を糧にして繁栄する防衛産業や軍に反対する必要がある。

ベン・ヘイズ、ニック・バクストン
TNI(トランスナショナル・インスティテュート)

2012年12月17日

[原文(英語) http://www.tni.org/article/after-doha-rejecting-dystopia-default ]

世界の政治指導者たちは、警告を聞いていなかったとは言えないだろう。12月初旬のカタールでの国連気候変動交渉に先立って、世界銀行や国際エネルギー機関(IEA)、国際的なコンサルティング会社のPwCが気候変動は危険なレベルに至ると予測しただけではない。ニューヨークやカリブ海、フィリピンの島々を荒廃させた季節はずれのハリケーンを通じて、自然さえ警鐘を鳴らしているかのようだった。この大合唱を前にして、世界各国の政府が何らかの対応をすると期待した人もいただろう。現実には、この国連サミットは国際的なメディアの大きな話題となることもなく終り、その成果は、「地球の友」(FoE)が「どこから見ても失敗」でしかない「インチキな取引」と決め付けたような、もう1つの空虚な宣言だけだった。

地球とそこに住む人々が直面している最大の難問の1つを前にして、政治指導者たちは明らかに私たちを見捨てた。銀行を救済し、金融システムを支えるためには大規模な協調的行動を行った各国政府が、それとは全く対照的に、炭素に依存した私たちの経済を慎重な計画を通じて転換するための大胆な一歩を踏み出すのではなく、脇に退き、市場と化石燃料関連の巨大企業にフリーハンドを与えることを選択した。

彼らの選択は、よく言われるように、「何もしない」ということではなく、危険な気候変動を積極的に助長するということである。中国で石炭火力発電所が建設されるごとに、あるいは北極海の油田が採掘されるごとに、また、米国でシェールガス田の岩層が破砕されるごとに、炭素が大気中に放出され、1000年にもわたって空気中にとどまる。そのことは、将来において最もラディカルな脱炭素化の措置が取られた場合ですら、急激な地球温暖化を防止するのに十分でないかもしれないことを意味する。

世界銀行総裁のジム・ヨン・キム博士は、同銀行の報告書で予想されている今世紀末までに7.2度(華氏)の気温上昇[摂氏で約4度]は「非常に恐ろしい世界をもたらす」と述べている。

ドーハでは、気候変動がすでに世界の最も貧しく、最も脆弱な人々に対して引き起こしてきた「損失と損害」を賠償する方法の問題が初めて中心的な議題に上った。地球規模の気候変動を止める、あるいはそれに備える(国連の用語では「緩和」と「適応」)ための議論が、現在では賠償の要求と、気候変動に関連して誰が何に対して賠償しなければならないかについての関心の増大(これは保険業界においても大きな関心となっている)の脇に退けられたのは悲劇的な皮肉である。

このような物語は、あまりにも痛ましく、人々の意欲を失わせる。今では、子どもたちの未来に、人々が気候変動の最悪の影響を防止するために力を合わせている世界を想像するよりも、ディストピア(逆ユートピア)を想像する方がはるかに容易である。大衆的な行動を促すのとは全く逆に、恐怖と不安は人々を一斉に無関心と無気力へ追いやり、あるいは陰謀論に慰めを求めるように仕向けている。

誰のために何を守るのか?

このような無関心は、「不安の政治」や、国防総省が「結果の時代(“the age of consequences”)」と呼んでいるものを歓迎している - あるいは少なくともそこから利益を追求しようとしている - 者たちによって利用されている。世界中で、たいていは密室の中で、防衛官僚と軍の戦略家たちは(彼らの政治的リーダーたちの発言とは違って)気候変動を自明の前提と考え、それがもたらすリスクに適応し、機会を活用するするためのオプションと戦略を開発するためのシミュレーションに取り組んでいる。

ドーハでの気候変動交渉のわずか1カ月前に、米国国立科学アカデミーはCIAの委託による「気候変動と米国の国家安全保障上の懸念の間の想定される関連性に関する証拠を評価する」ためのレポート発表した。この研究は、結論として「安全保障のアナリストにとっては、今後10年間に気候に関わる驚くべき事態を予測しておくことが賢明である。それは予期しなかった、破壊的影響をもたらす可能性がある単独の事象や、同時的または連続的に発生する一連の事象を含み、その後次第に - おそらくは加速度的に - 重大性と頻度を増すだろう」と述べている。

軍や諜報機関が気候変動の問題を真剣に取り上げていることが、一部の環境運動家の間で無批判的に歓迎されている。これらの機関自身は、自分たちは自分たちの仕事をしているだけだと言っている。ごく少数の人々が、次のように問うている。気候変動を公正や人権に関わる問題としてよりも、安全保障上の問題として位置付けることは、どのような結果をもたらすだろうか?

すでに「(戦争に伴う)付随的被害」などの概念によって汚染されている世界において、この新しい「気候をめぐる戦争」ゲームの参加者たちは、自分たちが考えていることを率直に語ることを必要としていないが、彼らの議論が言外に示唆していることは常に同じである。資源がますます枯渇し、不安が増大する時代に、「北」の先進工業国がどのようにして、気候難民や資源戦争や破綻国家の「脅威」から自分たちを守り、重要な戦略資源と供給チェーンへの支配を維持するかということである。たとえば提案されている「EUの気候変動と国際安全保障」戦略で使われている表現によると、気候変動は「脅威を乗数的に拡大する要素」であり、それは「ヨーロッパの利益に直接に影響を及ぼす政治および安全保障上のリスクをもたらす」ものである。

恐怖から利益を得る

国際的安全保障の醜悪なリアルポリティックス(現実政治)に寄生している産業もまた、気候変動に備えている。2011年に開かれた防衛産業関係者の会議では、エネルギー・環境市場が、防衛産業の年間1兆ドルという貿易額の少なくとも8倍の価値があることが示唆されている。この会議において、「航空宇宙、防衛、安全保障部門は、この機会から排除されるのではなく、これに対応するための努力を加速している。これは約10年前に強力な民間HLS(国土安全保障)ビジネスが出現して以来の最も重要な隣接市場になることは確実だと思われる」と示唆された。

これらの投資の一部は歓迎すべき、重要なものとなるかも知れないが、気候安全保障についての議論は同時に、ハイテクの国境監視システム、群衆制御技術、次世代攻撃用兵器システム(無人偵察機など)や殺傷力の弱い兵器などへの投資ブームを煽っている。民主主義国家がこのような方法で気候変動後の世界に備えようとしているというのは考えたくないことであるが、毎年新しいシステムの試作品が開発され、新しいシステムが市場に出回っている。この10年間に世界中で国境の軍事化が進んでいるのを見れば、2012年に気候難民になりたくないと思うだろう。2050年のことまで気が回らないかも知れない。

将来への不安から利益を得る立場にあるのは防衛産業だけではない。生活に欠かせない商品が、希少性、人口の過剰、不平等に対する不安を基盤として、新しい安全保障の物語に組み込まれつつある。「食糧安全保障」、「エネルギー安全保障」、「水の安全保障」等がますます強調されるようになっているが、そこには誰のために何を保障するのか、また、それが誰の犠牲の上に実現されるのかの分析がほとんどない。しかし、韓国とサウジアラビアで感じられている食糧への不安がアフリカにおける土地強奪と搾取に拍車をかけており、食料価格の上昇が広範な社会不安を引き起こしている時、警鐘が鳴らされるべきである。

気候安全保障をめぐる議論は、そのような結果を当然のことと考えている。それは勝者と敗者、守られる者と切り捨てられる者を前提として語られており、「テロとの戦争」によってひどく歪められた安全保障観をベースとしている。そのため、公正かつ協調的な方法で未来に立ち向かっていくために必要な国際的連帯ではなく、基本的には「廃棄可能な人間」を想定している。

気候変動に対する2つの領域での闘争

私たちの未来の「安全保障問題化」の忍び寄る動きに立ち向かうために、私たちはもちろん、できるだけ早く私たちの化石燃料中毒を終わらせるために闘い続け、北米でのタールサンド開発反対の闘いのような動きを結合し、自治体や政府に対して低炭素経済への移行を迫るための広範な市民の連携を作り出さなければならない。私たちは気候変動を止めることはできない。それはすでに起こっている。しかし、私たちはまだ最悪の影響を防ぐことができる。

しかし、私たちは同時に、気候変動への適応の問題を私たちの手に取り戻す準備もできていなければならない。この問題への取り組みを、土地強奪と権力者の利己的な安全保障上の利害による土地の囲い込みをベースにしたものから、普遍的な人権とすべての人の尊厳をベースにしたものに変えていかなければならない。私たちは、困難な決断をしなければならない時に、私たちの未来を防衛官僚や企業の手に委ねることはできない。

最近のハリケーン・サンディーをめぐる経験 - オキュパイ運動がこの危機に迅速に対応し、連邦政府に恥をかかせた - は、地方的な災害において大衆運動が積極的に対応する力を持っていることを示した。

しかし、地方的な対応だけでは十分ではない。私たちは(環境の)回復のためのツールをグローバル化しながら、企業や軍の力を抑制するための、より広範な国際的戦略を必要としている。これは、食糧、水、エネルギーの問題や、極端な気候への対処をめぐって、私たちの政府が好む市場ベースのアプローチや安全保障に取り付かれたアプローチに対する実行可能なオルタナティブ(対案)となる進歩的な解決策を提案することを意味する。

おそらく最も重要なことは、私たちがこれらのアイデアを未来のための前向きな構想としてまとめ、それによって人々がディストピアを拒否し、すべて人々のための快適かつ公正な未来を取り戻すよう力づけることである。
 
タグ:COP 気候変動
posted by attaction at 14:02 | エコロジー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする