2012年11月06日

【IMF/世銀総会】10・14 持たざる者の国際連帯行動〜IMF世銀対抗フォーラムでの発言

novox.png稲垣 豊 ATTAC Japan(首都圏)運営委員

IMFのラガルド専務理事は、10月12日に東京で開催されたのIMF世銀総会の演説で次のように語った。

「危機を抜け成長を取り戻す事、なかでも失業率問題という厳しい問題を解決する事が最優先課題であることは明らかです。・・・成長なしでは、世界経済の未来は危ういのです。おそらくこれまでに蓄積された多額の公的債務が、最大の障害となるでしょう。先進国・地域の公的債務は、現在平均してGDPの約110%と、第二次世界大戦以来、最高の水準にあります。・・・・・・成長なしでは、公的債務の削減は一段と困難になるということです。そして多額の債務により成長を達成することが困難となります。」

欧州危機の真っ只中の2007年から2011年にはフランス金融資本の代弁者である財務省大臣として、そして2011年7月からは南の諸国やギリシャやポルトガルなどの南欧諸国に対して新自由主義政策を押し付けながら滞りなく債務を取り立てる国際金融機関IMFのトップである専務理事に就任している。

危機の直前の2008年時点で、PIIGSと呼ばれるポルトガル、アイルランド、イタリア、ギリシャ、スペインの銀行などが抱える民間債務の四分の一近くがラガルドを代弁者とするフランス金融機関の貸付である。それらの民間債務の多くはソブリン危機の混乱のさなかに公的債務に転換された。まるで人ごとのように「第二次世界大戦以来、最高の水準にあります」などとうそぶくラガルドの発言のなんと無責任なことか。

この公的債務については、マルクスは『フランスにおける階級闘争』(1850年)のなかで次のように述べている。

「議会をつうじて支配し、立法していたブルジョアジーの分派にとっては、国家が負債に陥ることは、むしろ直接の利益になった。国庫の赤字、これこそまさに彼らの投機の本来の対象であって、彼らの致富の主源泉であった。毎年度末の新しい赤字、四年か五年たつごとに新しい借款、そうして新しい借款のたびごとに、人工的に破産のせとぎわにおかれた国家から、金融貴族が詐取する新しい機会があたえられた。・・・・・・このようにして国家の手を通じて流れでた巨額の金は、詐欺的な納品契約や賄賂や公金私消やあらゆる種類の詐欺行為の機会をあたえた。国債をつうじて大規模に行われた国家からの詐取は、いろいろな国営事業で小規模にくりかえされた。議会と政府とのあいだの関係は、そのまま個々の官庁と個々の企業化の関係として、いく層倍の数にもなってあらわれたのである。」

マルクスの時代と比較にならないほどグローバルに金融化が進んだ現代資本主義は「あらゆる種類の詐欺行為」によって維持されているといっても過言ではない。

ラガルドはおなじ演説の中でこのようにも述べている。

「今重要なのは、熟慮ではなく必要とわかっている政策を実行へ移すこと、そしてあらゆる面で連携することです。プレーヤーは様々ですが、これは一つのゲームであり、ますます複雑化しているものの、それぞれのポジティブな努力を集積し得るゲームです。」

1986年、フランスをはじめとする帝国主義金融資本によって徹底的に貧困化・暴力化されたアフリカ・ブルキナファソの若き大統領、トーマス・サンカラは、1986年にエチオピアのアジス・アベバで開かれたアフリカ統一機構で次のように演説をしている。

「債務を支払うことはできない。まず、もし私たちが支払わなくても、金貸したちは決してそのせいで死ぬことはない。しかし一方、もし支払えば、ほとんど確実に私たちは死ぬ。(中略)私たちを債務漬けにした連中は、まるでカジノにでもいるように賭けをしたのだ。彼らが勝っている間は何の問題もない。いまや彼らはギャンブルに負けたので、私たちに返済を要求している。彼らは賭けをし、負けて損をした。それがゲームのルールだ。(中略)もし、ブルキナファソが債務支払を拒否する唯一の国だったら、私は次の会議の時にはいないだろう。」(『世界の貧困をなくすための50の質問』エリック・トゥーサン、ダミアン・ミレー著/大倉純子 訳/つげ書房新社161〜162ページより)。

ラガルドがサンカラのこの演説を念頭においていたとは思えないが、サンカラの思想はラガルドが代表するフランスをはじめとする国際金融資本の思想と真正面から対立している。

「私は次の会議の時にはいないだろう」というサンカラの不吉な予言は現実のものとなってしまう。翌1987年10月15日、サンカラはフランスに支援された軍人コンパオレのクーデターによって37歳の若さで殺害される。コンパオレはその後現在に至るまで国家元首として同国に君臨している。2008年6月に横浜で開催されたアフリカ支援会議(TICAD4)にも大統領として参加しており、2010年には再々当選を果たしていることから、来年開催予定のTICAD5にも参加するだろう。

外務省の説明によると、「1987年の軍事クーデター以降、世銀・IMF等からの支援も開始され、1991年に最初の構造調整計画が開始。以降、政府は財政不均衡や国際収支の是正、民間部門の強化等各種政策を実施。・・・・・・2000年にはサブサハラで2番目にPRSP(貧困削減戦略文書)を策定。ブルキナファソによる経済改革、民主化努力は、世銀、IMF等を含む諸パートナーからも高く評価されている」とある。

ブルキナファソは90年から綿花部門、通信部門の民営化とリストラ、電気・石油部門の民間開放、水道事業や交通網の整備などを通じてフランスをはじめとする多国籍資本やIMF・世銀の政策を忠実に実施してきたことから「高く評価されている」のだ。

2002年4月ブルキナファソは、G7諸国がつくった債務帳消しスキームである重債務貧困国(HIPC)イニチアチブの完了点に到達して債務削減を受けている。だが完了点に達するには債務を作り出してきた構造調整政策を実施しなければならない。そもそも債務のなかで返せるあてのないものだけを「削減対象」として削減するのがこのHIPCイニシアチブである。貸した側の都合だけで削減対象とそのための条件が決められるという貧困削減とは何の関係もないマヤカシの債務削減にすぎない。

世銀のレポートでも「ブルキナが教育に関するミレニアム開発目標を達成できる可能性は低いでしょう。」「2004年には約2万2000人の生徒が中等学校への進学を望んでいましたが、全員を受け入れることはできませんでした。」「子供の5人に2人は栄養不良で、学校教育を受けていません。この国の社会福祉指標は依然としてサブサハラ・アフリカの平均を下回り、人間開発指標では、最下位近くに位置しています。」

「債務を払うことはできない!」と喝破し、「公共部門の拡大、公共支出・投資の拡大など」(日本外務省)を実施してきたサンカラをクーデターによって殺害し、フランスや多国籍企業、IMF・世銀をはじめとする多国籍資本のための国づくり20年以上も進めてきた政治経済体制の現実がこれだ。

最後に、今日の議論が今後の反グローバリゼーション運動の発展ということにひきつけて、先ほど紹介したマルクスは『フランスにおける階級闘争』の一節の紹介で締めたい。

「公的信用も私的信用も、当然動揺していた。……私的信用は麻痺し、流通ははばまれ、生産は停止していた。革命的危機は商業恐慌をたかめた。……プロレタリアートの反乱、それはブルジョア的信用の廃止である。なぜなら、それはブルジョア的生産とその生産の秩序の廃止だからだ。公的信用と私的信用とは、革命の強度を測定しうる経済上の寒暖計である。信用の目もりが下がるにつれて、それと同じ割合で革命と創造力はたかまる。」

金融危機と公的/私的信用の空前の動揺のなかで開かれたIMF・世銀総会だが、それに代わりうる対抗勢力の衰退のおかげで、現在の秩序は維持されている。しかしマルクスがいうところの変革の「創造力」の復活に、困難な中でも地道に取り組んでいくことが、今後の反グローバリゼーション運動、オルタグローバリゼーション運動の課題の一つだといえる。

posted by attaction at 16:36 | 貿易、債務、貧困 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする